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気管支喘息の治療(長期管理)
長期管理(平常時)
気管支喘息の治療の目標は、「症状、増悪がなく、薬剤による副作用がない状態で、呼吸機能を正常なレベルに維持すること」とされています。もっと簡単に言えば、「薬を使いながら、健康な人と同じように無症状で生活すること」です。
気管支喘息の治療には何点か大事な点があります。
1つ目は気管支の炎症や狭窄は慢性的に続いているので、発作や症状がないときでも、継続的に治療が必要であるという点です。治療を開始して本人に症状がなくなっても、顕微鏡レベルでは気管支に炎症が残っていることが知られています。これらの炎症が残っていると、気道リモデリング(気管支喘息の炎症が持続し、気管支の壁が永続的に厚くなり、気管支が狭くなってしまった状態)が起こったり、容易に症状が再発してしまったりします。
2つ目は気道リモデリングが進んだ症例では、落ちてしまった肺機能はもとに戻らないということです。またリモデリングを起こしている場合は、発作が重症化しやすく、治療反応も悪くなり、発作からの回復がしづらくなります。
3つ目は気管支喘息のコントロールには薬剤のみではなく、アレルゲンを避けたり、喫煙、過労など悪化させる原因の回避、除去も非常に重要である点です。
気管支喘息の長期管理の治療で最も重要なのは吸入薬になります。吸入薬のメリットは効果が高く、副作用が少ない点です。中でも気管支の炎症を抑える吸入ステロイド(ICS)が最も重要で、ICSは気管支喘息の予後を大きく改善しました。その他には気管支拡張剤である、長時間作用性β2刺激薬(LABA)、長時間作用性抗コリン薬(LAMA)が続きます。たくさんの吸入薬を吸うのは大変なので、治療には複数の薬剤が入ったデバイス(吸入薬を吸うための容器)を使用します。主な組み合わせはICS/LABA、ICS/LABA/LAMAであることがほとんどです。
吸入薬以外の治療にはロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)やテオフィリン徐放製剤といった内服薬もありますが、一般的にその効果は吸入ステロイドと比較して弱いです。
医師はこれらの薬剤を組み合わせて気管支喘息を良好にコントロールできるように処方しています。症状があるときにはICS/LABA、ICS/LABA/LAMAといった吸入薬の合剤や内服剤を用いて治療をします。軽度の発作が生じた場合は原則として短時間作用性吸入β2刺激薬(SABA)をその時だけ吸入して症状を抑えます。但し、ICS/LABAの配合剤であるシムビコートは長期管理薬でありながら、発作時の屯用としても使用することもできます(MART療法といいます)。患者さんの症状が長期間落ち着いたのを確認したのちに、徐々に治療薬を減らしていきます。理想的には吸入ステロイド(ICS)単剤で元気な方と同じように生活していただくのが目標です。良くなってくると吸入薬を吸うのを忘れてしまうこともあるかもしれませんが、前述の通り気道リモデリングを起こさないように、必ず定期的に吸入を行うようにしましょう。
気管支喘息の長期管理の治療での注意点
気管支喘息の長期管理の治療で患者さん方に注意していただきたい点があります。それは気管支を拡げる吸入剤のβ2刺激薬である、短時間作用性吸入β2刺激薬(SABA)と長時間作用性β2刺激薬(LABA)は必ず医師の指示通りに使用していただきたいということです。
吸入剤のβ2刺激薬は咳や息切れといった症状を取る薬で比較的即効性があります。吸入ステロイド(ICS)は即効性がないため、効果をすぐに実感できるSABAのみを使用している患者さんも時折いらっしゃいます。しかし、それだけを使用していると徐々に効きづらくなってしまいます。それは気管支にあるβ2受容体という吸入剤が作用する部分があるのですが、たくさん刺激するとそのβ2受容体がどんどん減っていってしまうためです。気管支喘息発作が起こったときにβ2刺激薬が効かないと、呼吸状態を改善させられずに命にかかわることも十分ありえます。ちなみに吸入ステロイド(ICS)を同時併用していると、β2刺激薬を使用してもβ2受容体の数は減りづらいことがわかっています。最近は長時間作用性β2刺激薬(LABA)はICS/LABAもしくはICS/LABA/LAMAとしてほとんどの場合ICSと一緒に投与されることになるので、あまり心配ないかもしれませんが、短時間作用性吸入β2刺激薬(SABA)は症状があるときのみ頓用で処方されることも多いため、過剰な使用には注意が必要です。目安として月1回SABAを使用するかどうか程度であれば、吸入ステロイド(ICS)は併用しなくてもよいですが、月1回以上使用するのであれば低用量のICSを併用したほうがよいです。
また近年、ICS/LABA/LAMAの3剤合剤が使用できるようになり、気管支喘息にLAMAを使用される機会も増えています。LAMAは閉塞隅角緑内障という目の病気や前立腺肥大などにともない尿が出づらい方には使用できない薬です。もし今まで緑内障や前立腺肥大と言われたことがなくても、LAMA使用後に目の痛みや、頭痛、吐き気、尿が出にくいなどの症状がある場合は医師に相談するようにしてください。
気管支喘息のtreatable traitsに基づくアプローチ
気管支喘息は前述のように症候群であると考えられるため、診断名が同じでも、症状は咳が主な患者さんや呼吸困難が主な患者さんなどのように、患者さん毎によって特徴は異なります。それらにバイオマーカーなどの検査所見や併存疾患を加え、それぞれの患者さんの特徴(traits)のうち治療可能な要素(treatable traits)に基づいて治療方針を決めることが喘息のガイドラインでは推奨されています。特に喘息が難治な場合にはたびたびtreatable traitsを確認する必要があります。例を挙げると(喘息診療実践ガイドライン2024より一部抜粋)
- 好酸球性炎症が強い → ICSを増量する
- 咳、痰が多く気流制限が強い → LAMAを併用する
- アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎などがある → 耳鼻科の先生に併診してもらう
- 逆流性食道炎がある → それに対する治療を行う
- 吸入をしっかりできていない → 吸入方法を改善してもらう
- タバコを吸っている → 禁煙してもらう
- 睡眠時無呼吸が合併している → それに対する治療を行う
- 気道感染を併発している → 適切な抗菌薬治療を行う
などです。
これらのほかにも、喘息を難治化している併存症も多数知られています。
いまいち喘息のコントロールがよくないと感じる方は主治医と相談するとよいと思います。
難治性気管支喘息の新しい治療
気管支喘息の治療は、上記のような吸入ステロイドを主役とした吸入療法の進歩により、昔と比べて劇的に予後はよくなりました。ほとんどの気管支喘息の患者さんは吸入療法と補助的に内服薬を使うことで元気に過ごすことができるようになっています。しかしこれらの治療をフル活用しても、症状のコントロールがむずかしい気管支喘息の患者さんもいらっしゃいます。その原因の多くは気管支喘息の発症機序の関係でステロイドが効きづらいためと考えられています。
このような難治性喘息の治療のために、近年様々な新しい治療薬が開発、発売されました。吸入ステロイドを用いた治療は、起こってしまった気管支の炎症を抑えるのが主体であるのに対し、新しい治療薬は、身体の中にある気管支喘息の炎症を起こすサイトカインという物質やIgEという抗体を邪魔することで気管支に炎症が起こるのを防ぐことが主体となっています。治療効果は良好なのですが、高価であるのが問題点です。
以下に簡単に各薬剤を挙げていきます。
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- 抗IgE抗体(オマリズマブ)
IgEというアレルギーを起こす抗体が働くのを防ぐ薬です。通年性の吸入抗原(ダニやホコリなど1年を通して存在する抗原)に血液検査などの特異的IgEが陽性となる難治性喘息の患者さんが対象となります。そのほか特発性慢性じんましんや季節性アレルギー性鼻炎を併発している方、NSAIDs過敏喘息(NERD)の方によいと考えられています。
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- 抗IL-5抗体(メポリズマブ)、抗IL-5受容体α抗体(ベンラリズマブ)
IL-5(インターロイキン-5)という好酸球性炎症を起こす物質が働くのを防ぐ薬です。高用量の吸入ステロイド(ICS)を含む治療をしても症状の悪化、発作を起こしており、血液の好酸球が多い方が対象となります。好酸球性副鼻腔炎という好酸球が引き起こす蓄膿や鼻ポリープが併発している方に良いと考えられています。
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- IL-4受容体α抗体(デュピルマブ)
IL-4とIL-13という炎症物質はそれらがくっつくIL-4受容体αという部分を共有しているので、そこに作用するデュピクセントはIL-4、IL-13の2つの炎症物質を抑えることができます。Il-4、IL-13を抑えることでIgEの産生を抑えたり、痰を減らしたり、好酸球が気管支に集まるのを防ぐことができます。高用量の吸入ステロイド(ICS)を含む治療をしても症状の悪化、発作を起こしている方が対象となります。FeNOが高かったり、痰が多かったり、肺機能が低下している方によいと考えられます。
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- 抗TSLP抗体(テゼペルマブ)
ウイルス感染やアレルゲン曝露などに伴って気道上皮細胞から放出されるTSLPという物質に対する抗体です。TSLPは好酸球性の炎症だけでなく、好中球性の炎症への関与や、気道平滑筋細胞や線維芽細胞にも悪い影響を与えています。そのためTSLPを抑えるテゼペルマブは難治性喘息で問題となるほとんどの機序に有効と考えられます。
その他の治療
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- マクロライド療法
マクロライドというタイプの抗菌薬は抗菌作用のほかに、気管支の自浄能力(気管支がアレルゲンや菌などの汚れを取り除く力)を高める作用があることがわかっています。好中球性喘息や下気道感染症(細菌性気管支炎や細菌性肺炎)を繰り返す方には有効です。近年難治性喘息に対して、マクロライド系抗菌薬の一つであるアジスロマイシンの長期使用の有効性が認められていますが、耐性菌の問題が重要で、適応は呼吸器専門医が慎重に判断する必要があります。例えば非結核性抗酸菌症という肺疾患はマクロライド耐性となると内服治療では根治不可能になります。
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- 気管支熱形成術(気管支サーモプラスティ)・・・ 2023年末で終了
気管支鏡という肺に入れる内視鏡を用いて気管支の壁に高周波電流で熱を加えて、気管支の平滑筋の量を減らし、気管支の収縮を起こりづらくして気管支喘息発作を抑える治療でした。
リモデリングがすすんだ喘息やステロイド抵抗性の喘息など従来の治療でコントロールがつかない方が対象となるのですが、機械自体の製造に必要なパーツがなくなってしまったようで、2023年末をもって製造中止となりました。代替機もないため、気管支サーモプラスティは過去の治療となりました。
今後の展望
近年気管支喘息の治療は徐々にその機序があきらかになることで、急速に治療が進歩しています。動物実験レベルではありますがヒアルロン酸合成酵素2(HAS2)の異常が、日常生活でも身近なヒアルロン酸の異常を介して、気管支において好酸球だけでなく、マクロファージという別の細胞を介した炎症の原因となっている、という今までにない新しい治療につながる機序も見つかっています。今後はさらに研究が進み、患者さん毎に症状、血液検査やそのほかの検査結果をもとに、気管支喘息がその原因、症状別にさらに詳しく分けられ、患者さん個人個人に最も適した治療が行われるようになると考えられます。